日本的ファミリーオフィスの考え方 番外編 第4回(最終回): 一族第一でも、事業第一でもない ――日本的ファミリーオフィスの「家」という思想

2026年10月09日

ここまで3回にわたって、三井家の「宗竺遺書」を見てきました。

資産を一体として維持する。利益の分配ルールを決める。借金や保証など、一族全体へ影響する行為を統制する。次世代を教育する。専門人材を登用する。危機に備えて流動性資産を確保し、最悪の場合の撤退方法まで決めておく。

こうして並べると、現代のファミリーオフィスと驚くほど多くの共通点があります。

 

守ろうとしたのは「家」だった

しかし私たちは、一つ重要な違いがあると考えています。宗竺遺書が守ろうとした中心は、現在私たちが使う意味での「家族」そのものではない。より正確に言えば、「家」だったのではないか、ということです。

ここでいう「家」は、父、母、子どもという核家族ではありません。祖先から受け継ぎ、現在の世代が預かり、未来の世代へ渡していく、時間を超えた存在です。

したがって、一人ひとりの自由より「家」の存続が優先される場面もありました。

財産を自由に分割できない。勝手に借金や保証はできない。同族の範囲にもルールがある。子どもには家業を学ぶことが求められる。

現代の価値観から見れば、そのまま受け入れることのできない部分もあります。

 

三つの考え方

それでも、この「家」という概念には、日本的ファミリーオフィスを考えるうえで重要なヒントがあると思います。議論を整理するため、あえて三つの考え方に分けてみます。

一つ目は「一族第一(ファミリー・ファースト)」。

シリーズ第1回で見た、ファミリーオフィス発祥の欧米で重視されてきた考え方です。企業も金融資産も不動産も、最終的には一族の幸福と名誉のために存在する。会社は家族の目的を実現するための一つの器です。

二つ目は「事業第一(カンパニー・ファースト)」。

シリーズ第2回で見た、日本の長寿企業に強く見られる「企業は社会の公器」「事業を次世代へ残す」という思想です。創業家自身の利益より、会社や従業員、取引先、社会を優先する。この思想が日本企業の長寿を支えてきた面は大きいと考えられます。

ただし、どちらか一方だけで考えると、何かが足りません。

そこで三井家を見ると、第三の概念が浮かび上がります。それが「家(いえ)第一」です。

守る対象は、今いる家族だけではない。現在の会社だけでもない。事業、資産、歴史、信用、価値観、人的ネットワーク、社会との関係まで含めた「家」という継続体を守る。この「家」を、現代風に「ファミリー・レガシー(一族が受け継ぐもの)」と捉えてもよいのではないでしょうか。

 

一族の未来を設計する仕組み

そう考えると、ファミリーオフィスの役割も変わります。単なる資産運用会社ではありません。株や債券の運用成績だけを競う組織でもありません。

その役割は、「一族が何を次の世代へ残すのかを設計すること」です。

残すものは金融資産だけではありません。事業、価値観、教育、文化、人脈、社会への貢献。そして、「自分たち一族は何のために存在するのか」という思想です。

 

うまくいっている時に、100年先のルールをつくる

宗竺遺書が1722年に制定された背景には、三井家自身の強い危機意識がありました。当時は不況の中で大名貸などによって没落する商人も多く、三井も将来の存続を真剣に考える必要がありました。その中で家と事業のルールを文章にし、後世へ残したのです。ここに、私たちが学ぶべき本質があると思います

。資産が増えてからファミリーオフィスをつくるのではない。大きな問題が起こる前に、100年先のルールをつくる。これこそが宗竺遺書の最大の教訓ではないでしょうか。

 

「復古」ではなく「再編集」

ただし、宗竺遺書をそのまま現代へ復活させればよいわけではありません。

例えば宗竺遺書には、大名貸や投機的取引、新しい事業への進出を制限する「守り」の思想があります。享保期の厳しい経済環境を考えれば合理的でしたが、変化の激しい現在にそのまま適用すれば、逆に一族を衰退させる可能性があります。だから必要なのは「復古」ではなく、「再編集」です。

家産を長期で守るという思想は受け継ぐが、個人の自由は尊重する。資産の中核部分は守る一方、新しい事業やイノベーションへ挑戦する資本も持つ。家族の幸福を大切にすると同時に、会社、従業員、社会への責任も果たす。一族第一と事業第一、そして日本の「家」の思想を融合する。

シリーズ最終回で「三方よしの思想を、世界水準の仕組みで守る」とご提案した新しい日本的ファミリーオフィスの、いわば思想面の設計図がここにあると私たちは考えています。

 

最後に

300年前の三井家が残した宗竺遺書。

そこに書かれている個々の規則以上に重要なのは、「自分たちは何を守り、何を次世代へ渡すのか」を、一族が真剣に考え、それを言葉にし、制度にしたことです。ファミリーオフィスとは、資産を管理する場所ではない。むしろ「一族の未来を設計する仕組み」と考えた方が本質に近いと、私たちは思います。

欧米の仕組みを学ぶことは重要です。しかし同時に、私たちは自分たちの歴史の中にある知恵を、もう一度見直してみてもよいのではないでしょうか。

ご家庭で「わが家は何を守り、何を次の世代へ渡すのか」を書き出してみること。それが、宗竺遺書から300年を経た今日にできる最初の一歩だと思います。

番外編4回にわたりお読みいただき、ありがとうございました。

 

前回のブログはこちら↓

日本的ファミリーオフィスの考え方 番外編 第3回:家族を守るために、家族を「統治」する ――宗竺遺書のガバナンス

 

<参考資料>
三井広報委員会、三井家の家憲「宗竺遺書」、三井広報委員会ホームページ、2026年9月1日、https://www.mitsuipr.com/history/edo/05/
公益財団法人三井文庫、家訓「宗竺遺書」、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/story09/
三井広報委員会、同苗結束のシンボル、「宗竺遺書」の制定、三井広報委員会ホームページ、2026年9月1日、https://www.mitsuipr.com/history/columns/005/
武田晴人、2004年、日本経済思想史 第2回、東京大学オープンコースウェア 講義資料(近世商家・三井家の経営と家法)、2026年9月1日、https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/eco_06/2/notes/ja/JET-02.pdf
公益財団法人三井文庫、危機と記録の時代、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/story08/
公益財団法人三井文庫、「宗竺遺書」との関わり、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/recommend118/
渡邉格史
執筆者
渡邉格史
株式会社パリミキアセットマネジメント
取締役
国内銀行に16年間在籍し(その内半分は米国駐在)、その後、外資系のコンサルティングファームに16年間在籍。銀行員として養った金融知識とコンサルタントとして鍛えられた課題解決力で、少しでもパリミキアセットマネジメントのお客様のお役に立ちたいと考えております。

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