日本的ファミリーオフィスの考え方 第2回:日本的ファミリーオフィスの源流 ――「家」の思想と近江商人「三方よし」の哲学

2026年09月08日

前回は、欧米のファミリーオフィスの礎となった「一族の永続」という思想を辿りました。

ファミリーが第一、事業はそのための手段――この価値観は、仕組みとしては学ぶところが多い一方で、日本人の感覚とはどこか違う、と感じられた方も多いのではないでしょうか。

今回は舞台を日本に移します。実は日本には、「ファミリーオフィス」という言葉が生まれるはるか前から、富と事業を世代を超えて継承する独自の仕組みと哲学が存在していました。

世界最古級の「ファミリーオフィス」は日本にあった

1710年(宝永7年)、三井家は「大元方(おおもとかた)」と呼ばれる組織を設立しました。一族の資産と各事業を一元的に管理し、各家への配分と事業への再投資を差配するという、まさにファミリーオフィスそのものの機能を持つ組織です。

これは、ロックフェラー家が20世紀初頭にファミリーオフィスを設けるよりも、170年以上も前のことでした。

 

さらに三井家では、家祖の遺訓をまとめた「宗竺遺書(そうちくいしょ)」が家憲として代々受け継がれ、一族の結束と事業の規律を支えました。住友家の事業精神を記した「文殊院旨意書(もんじゅいんしんがき)」や、各商家に伝わる家訓・家憲も同様に、資産と事業を守り継ぐための「明文化されたガバナンス」だったと言えます。

前回ご紹介した欧米のファミリー憲章を、日本の商家は数百年前から実践していたのです。

 

そもそも日本は、創業100年を超える企業が4.6万社以上と、世界で最も多い「老舗大国」です。200年以上続く企業に至っては、世界の過半が日本に集中しているとも言われています。

中でも飛鳥時代の578年に創業した宮大工の金剛組は、世界最古の企業として知られています。

世代を超えた継承という点において、日本は世界有数の、いや世界一の実績を持つ国なのです。

日本の「家」とは血ではなく、のれんである

ここで注目したいのが、日本における「家」の考え方です。

欧米の名家が血統の継続を重んじ、長子相続で家産を守ったのに対し、日本の商家にとっての「家」は、血縁の共同体というより、家業とのれんを核とする経営体でした。

跡取り息子に商才がなければ、優秀な番頭を娘の婿養子に迎えて家督を継がせる。長年勤め上げた奉公人には「のれん分け」で報い、本家と分家が支え合いながら商圏を広げていく。血よりも、のれんの永続を優先する。

この柔軟さこそが、日本の老舗の長寿を支えてきました。

 

つまり日本では、守るべきものの中心が「一族の血と富」ではなく、「事業と、それを支える人々」にあったのです。

奉公人や番頭も含めた「大きな家族」全体で家業を守る。ここに欧米との根本的な思想の違いがあります。

近江商人の「三方よし」、そして松下幸之助の「企業は社会の公器」

この思想をさらに広げたのが、近江(現在の滋賀県)で活動した商人である近江商人の「三方よし」――売り手よし、買い手よし、世間よし――です。

商いは自らの利益のためだけでなく、世間の役に立ってこそ永続するという考えです。

また、近江商人には、人知れず社会に尽くす「陰徳善事」という言葉も伝わっています。明治期には渋沢栄一が「論語と算盤」で道徳と経済の合一を説き、利益の追求と社会への貢献は矛盾しないどころか、両立してこそ事業は長く続くことを示しました。

 

そして昭和、パナソニックの創業者としても知られている松下幸之助は、この系譜を「企業は社会の公器」という言葉で結晶させます。

これは、企業は株主や創業家の私物ではなく、社会から人材と資源を預かって事業を営む公の存在であるという意味です。

また、良質な製品を水道の水のように安く豊富に社会へ届けることこそ企業の使命であるとする「水道哲学」を掲げ、昭和恐慌の不況期にも従業員の解雇を避けたという逸話は、あまりにも有名です。

利益は社会への貢献の対価であり、従業員は家族である――。ここには、企業>社会>ファミリーという、欧米とは逆転した優先順位が明確に表れています。

創業家の私財さえも、事業と社会のための「預かりもの」と捉える感覚です。

「大きな家族」という思想――日本的継承の強みと、弱み

世代を超えた永続性や社会との調和、従業員も含めた「大きな家族」の思想は世界に誇るべき日本の強みです。

一方で、これらは弱みでもあります。

それは、富が事業(本業)に集中するあまり、金融資産としての分散やリスク管理、つまり「資産運用の技術」が育ちにくかったことです。

欧米の名家が国や通貨をまたいで資産を分散させてきたのに対し、日本の富は自国の事業と不動産に偏りがちでした。その結果、戦後多くの日本の名家が、財閥解体や相続税制の変化の中で、「守る仕組み」そのものを、失うことになりました。

 

思想は世界有数、しかし資産を守る技術は発展途上――これが日本的ファミリーオフィスの現在地ではないでしょうか。

裏を返せば、世界に誇る日本の思想に、欧米が磨き上げてきた運用とガバナンスの技術を組み合わせることができれば、そこには大きな可能性が広がっているはずです。

 

次回はいよいよ最終回。欧米の学ぶべき知恵を取り入れた、「新しい日本的ファミリーオフィス」の形をご提案します。どうぞお楽しみに。

 

前回のブログ↓

日本的ファミリーオフィスの考え方 第1回:欧米ファミリーオフィスの源流――「一族の永続」を支える歴史と哲学

渡邉格史
執筆者
渡邉格史
株式会社パリミキアセットマネジメント
取締役
国内銀行に16年間在籍し(その内半分は米国駐在)、その後、外資系のコンサルティングファームに16年間在籍。銀行員として養った金融知識とコンサルタントとして鍛えられた課題解決力で、少しでもパリミキアセットマネジメントのお客様のお役に立ちたいと考えております。

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