以前のブログでは、不確実な時代にこそ活きる「ファミリーオフィス的」な資産運用の考え方をご紹介しました。
今回からは3回シリーズで、「日本的ファミリーオフィスの考え方」というテーマを掘り下げていきます。日本には日本の、富と継承をめぐる独自の思想がある――それを確かめるために、第1回はまず出発点として、欧米のファミリーオフィスの考え方の礎となった歴史や文化、哲学を辿ります。
ファミリーオフィスの源流――起源は「王家と商人」の資産管理
ファミリーオフィスの源流は、中世から近世のヨーロッパにまで遡ります。
ルネサンス期のフィレンツェで金融業を営んだメディチ家は、一族の資産を専門の管理者に委ね、その富を芸術や学問、政治への影響力へと変えていきました。
19世紀に入ると、ロスチャイルド家が欧州の主要都市に5人の息子を配し、一族だけの情報網と資産管理の仕組みを築き上げます。そして1882年、米国の石油王ジョン・D・ロックフェラーが自らの資産を管理するために設立した組織が、現代につながる「ファミリーオフィス」モデルの一つとなりました。
ロックフェラー家のファミリーオフィスは、単なる資産管理にとどまりませんでした。
投資の意思決定、税務や法務、慈善事業の運営、そして子や孫への教育まで、一族の繁栄に関わるあらゆる機能を専門家チームが担ったのです。これらに共通するのは、事業で得た莫大な富を、「一族のために世代を超えて守り抜く」という明確な目的です。
現在では、一族専属で設けられるシングル・ファミリーオフィス、複数の一族に仕えるマルチ・ファミリーオフィスを合わせて、世界に1万を超える組織が存在するとも言われています。
欧米に根付く「家産の永続」という思想
欧米のファミリーオフィスの根底には、ヨーロッパ貴族社会の相続文化があります。
かつての欧州では、領地や家産を分散させないための長子相続が徹底され、「家産は先祖からの預かりものであり、子孫からの借りものである」という考え方が浸透していました。
資産は現在の当主一代のものではなく、過去と未来を含めた一族全体のもの。だからこそ、一世代の判断で失うことは決して許されない――この受託者としての精神「スチュワードシップ(自分だけのものとして消費するのではなく、次世代へつなぐ責任を持って管理するという考え方)」が、彼らの運用哲学の核にあります。
当主は資産の「所有者」であると同時に、次の世代へ引き継ぐまでの「管理人」でもある、という感覚です。
また、キリスト教文化圏の文化の中で語られてきた「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」の精神も見逃せません。富める者は、慈善や寄付を通じて社会への責任を果たします。ロックフェラー家や、アメリカの鉄鋼業で成功した一族であるカーネギー家の財団が今日まで続く大規模な慈善活動を行っているのは、その表れでしょう。
ただしその出発点は、あくまで「一族の名誉と永続」にあります。優先順位を敢えて言えば、ファミリーが第一、事業はそのための手段、社会貢献は一族の名誉を支えるもの、という構造です。
実際、欧米では一族の資産を守るために祖業を売却することも、ごく合理的な選択肢とされています。
ここが、後に見る日本の「家」の思想との大きな違いです。
「守る」ことを重視する資産管理の考え方――スイスに集まる「守りの知恵」
この思想を制度として支えてきた代表が、スイスのプライベートバンクです。
永世中立という地政学的な安定、数百年にわたる信頼の蓄積、そして富裕層だけがアクセスできる質の高い情報など。戦争や革命、ハイパーインフレを生き延びてきた欧州の名家たちは、「増やすこと」よりも「減らさないこと」、すなわち徹底したリスク管理と、複数の資産や地域に分散してリスクを抑えるという国際分散にこそ価値を置くようになりました。
株式や債券だけでなく、不動産、未公開株、金などの実物資産にまで幅広く目を配り、どんな時代が来ても一族の資産全体が致命傷を負わないように設計する。10年、20年ではなく、100年単位で資産を考える。この時間軸の長さこそ、欧米ファミリーオフィス最大の特徴と言えるでしょう。
さらに彼らは、一族の理念や資産の使い方の原則を「ファミリー憲章」として明文化し、定期的な家族会議や、次世代への金融教育を制度化して運営しています。
当主が代替わりしても、憲章と仕組みが判断の軸を引き継いでいくため、感情や偶然に頼らず、「仕組み」で一族の結束と資産を守ることができるのです。ここには、私たち日本の投資家が学ぶべき多くの知恵が詰まっています。
次回は、日本の「家」の思想へ
一方で、「一族第一」という価値観には、日本人として少し違和感を覚える方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実は日本には、欧米よりもはるかに古くから、富と継承をめぐる独自の思想と仕組みが存在していました。しかもその中には、世界最古級の「ファミリーオフィス」と呼ぶべき組織さえあったのです。
次回は、三井家や住友家、近江商人、そして松下幸之助の経営哲学に見る「日本的ファミリーオフィス」の源流を辿ります。
どうぞお楽しみに。
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