日本的ファミリーオフィスの考え方 番外編 第3回 :家族を守るために、家族を「統治」する ――宗竺遺書のガバナンス

2026年10月09日

前回は、三井家が「家産は分けない」という思想のもとで、家族と事業の間に大元方という仕組みを置いたことを見ました。

今回は、宗竺遺書が家族そのものをどう「統治」したのかに目を向けます。

 

最も難しいのは「資産」ではなく「家族」

ファミリーオフィスを考えるとき、多くの方が最初に思い浮かべるのは資産運用でしょう。

株式をどうするか、債券をどれだけ持つか、不動産をどう組み入れるか、海外資産をどう管理するか。もちろん重要です。

しかし、何世代にもわたって富を承継しようとすると、それ以上に難しい問題が出てきます。「家族をどうするか」です。

どんなに優れたポートフォリオ(資産の組み合わせ)をつくっても、家族間で争いが起きれば資産は分裂します。後継者が浪費すれば財産は減ります。家族の一人が巨額の借金や保証を抱えれば、一族全体が危機に陥ることもあります。

 

「一人で決めない」というルール

三井家の宗竺遺書は、この問題にかなり踏み込んでいます。

例えば、同族の範囲をむやみに広げてはいけないとしました。さらに、結婚、負債、債務保証などについては、一族の協議を経ることを求めています。

現代人から見ると、「結婚まで一族に決められるのか」と抵抗を感じるでしょう。私たちも、この制度をそのまま現代に復活させるべきだとは思いません。個人の自由や価値観は尊重されるべきです。しかし、ガバナンスという観点だけで見ると、非常に合理的な部分があります。

例えば、あなたが、知人の事業の借入2,000万円の保証人になったとします。本人にとっては個人的な判断でも、破綻すれば一族資産へ大きな影響が及ぶかもしれません。だから、「一族の資産に重大な影響を及ぼす行為は、一人で決めない」というルールをつくる。現代企業でいう「重要事項の事前承認」に近い考え方です。

 

何かあってから考えない

さらに興味深いのが、危機への備えです。

宗竺遺書には、火災や盗難、経済混乱に備えるために現金を穴蔵に備えておく、ということも記されていました。

「身上一致・身底一致」(一族が財産を個人ごとに分けず、家全体の財産として一体的に管理する仕組み)を解消せざるを得なくなった場合や、世の中が大混乱して商売そのものが不可能になった場合には、三井発祥の地である松坂(現在の三重県松阪市)へ引き上げるという最悪の事態まで想定されていました。

現代の言葉なら、流動性の確保、事業継続計画、緊急時対応計画にあたります。

「何かあってから考える」のではなく、「何かあったときにどうするかを、平時に決めておく」。シリーズ第3回で欧米から学ぶべき技術として挙げた「守りの運用規律」と、同じ発想がここにあります。

 

財産を渡す前に、財産を扱える人をつくる

一方で、三井家は「守る」だけではありません。次世代教育にも非常に力を入れました。

宗竺遺書には、子孫を12、13歳頃から家業の見習いに入らせ、商売を学ばせる仕組みが記されています。単なる精神教育ではなく、学ぶ年齢や場所、修行内容まで含む具体的な教育体系でした。

ここにも重要な示唆があります。財産を渡す前に、財産を扱える人をつくる。現代のファミリーオフィスでいう次世代教育にあたります。

宗竺遺書の考え方を現代に置き換えると、例えば、10代で金融と一族の歴史を学ぶ。20代で社会貢献活動に参加し、投資委員会にオブザーバーとして出席する。自分で働き、社会で経験を積む。一定の年齢と経験に達したら家族会議へ参加する。「30歳になったので10億円相続しました」より、はるかに本質的ではないでしょうか。

 

所有は一族、経営は専門家でもよい

さらに三井家は、経営を血縁だけで固めたわけでもありません。奉公人をよく選び、その中から「元締め(もとじめ)」と呼ばれる最高幹部を登用することも定めています。

家族だから社長になる、長男だから資産運用を任される。それでは、何世代も続く仕組みにはなりません。家族が担うべきなのは、「何を守るのか」「何のために資産を持つのか」という理念と最終的な意思決定で、奉公人の中から選ばれた元締めのような専門家が担うのは、「それをどう実現するか」という実務です。この役割を分けることが、ファミリーオフィスの重要な意味でもあります。

シリーズ第2回で述べた、商才ある番頭を婿養子に迎え、血よりものれんの永続を優先した日本の商家の柔軟さは、三井家においてはこのように制度化されていたのです。

 

こうして見ていくと、宗竺遺書とは単なる家訓ではありません。資産を守り、家族を統治し、次世代を育て、専門家を活用し、最悪の事態まで準備する。300年前の日本に、かなり完成度の高いファミリー・ガバナンスの仕組みが存在していたのです。

では、この三井家の思想を現代の日本にどう生かせばよいのでしょうか。

 

次回はいよいよ最終回。欧米型ファミリーオフィスとの違いから、日本的ファミリーオフィスの「家」という思想を考えます。

どうぞお楽しみに。

 

<参考資料>
三井広報委員会、三井家の家憲「宗竺遺書」、三井広報委員会ホームページ、2026年9月1日、https://www.mitsuipr.com/history/edo/05/
公益財団法人三井文庫、家訓「宗竺遺書」、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/story09/
三井広報委員会、同苗結束のシンボル、「宗竺遺書」の制定、三井広報委員会ホームページ、2026年9月1日、https://www.mitsuipr.com/history/columns/005/
武田晴人、2004年、日本経済思想史 第2回、東京大学オープンコースウェア 講義資料(近世商家・三井家の経営と家法)、2026年9月1日、https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/eco_06/2/notes/ja/JET-02.pdf
公益財団法人三井文庫、危機と記録の時代、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/story08/
公益財団法人三井文庫、「宗竺遺書」との関わり、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/recommend118/
渡邉格史
執筆者
渡邉格史
株式会社パリミキアセットマネジメント
取締役
国内銀行に16年間在籍し(その内半分は米国駐在)、その後、外資系のコンサルティングファームに16年間在籍。銀行員として養った金融知識とコンサルタントとして鍛えられた課題解決力で、少しでもパリミキアセットマネジメントのお客様のお役に立ちたいと考えております。

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