
「ダイバーシティ」の中に潜む息苦しさ
「多様性を認め合おう」という言葉が、社会のあちこちで叫ばれるようになってずいぶん経ちました。性別、国籍、世代、障害の有無など、異なる背景を持つ人々が共に生きる社会を目指す取り組みは、素晴らしい進歩です。
実際、日本でも女性の首相や労組のトップが誕生し、東大では初の女性学長が選出されるだけでなく、高市首相のように新しい変革をもたらしている方もいらっしゃいます。
しかし、一方で私たちはどこかで奇妙な息苦しさと分断の深まりを感じてはいないでしょうか。女性で活躍されている方々の中には、性別で特別視されるのを心外に感じる方もいらっしゃるでしょう。
多様性を推進しているはずが、かえって「あちら側」と「こちら側」の溝を広げてしまっているのではないか——そんな違和感に向き合う時期に来ているような気がします。
個人の中にある多様性
なぜダイバーシティを叫ぶほど、分断が広がるのでしょうか。
その大きな原因は、私たちが人を「属性」という箱に当てはめて見ようとしすぎている点にあります。「男性だから」「若者だから」「外国人だから」といったラベルを貼り、そのカテゴリーに基づいて人を理解した気になってしまうのです。政治的正当性を主張する議論が過熱すると、少しでも無理解な発言をした人を論理的に攻撃し、排除する風潮すら生まれます。
しかし、本来の人間はそれほど単純な存在ではありません。
同じ一人の中にも、会社での自分、家族の前での自分、友人といる自分、趣味に没頭する自分というように、多面的な顔や役割が存在しています。つまり一人ひとりが自分の中に豊かな「多重のアイデンティティ」を抱えているのです。
一人ひとりの中にある多様性を見ることなく、特定の属性だけで人を判断することは、その人が持つ複雑で美しい個性を削ぎ落としてしまうことに他なりません。
頭で考える理論やロジックは、往々にして「正しさ」の勝ち負けを生み出します。
正義の押し付け合いは、相手を説得することはできても、心を寄せることにはつながりません。私たちが本当に必要としているのは、頭で導き出した理想論ではなく、目の前の相手に優しさと敬意を持って「感じ取る」態度なのではないでしょうか。
「本当は、他人のことなどすべて理解できるわけがない」という限界を受け入れること。完璧に分かり合えなくても、目の前で生きている生身の存在感を愛おしく思うこと。その不確実さを受け止めるゆとりこそが、人間同士の触れ合いの温もりを生み出します。
一人ひとりの「多面性」に注目しよう
本当のダイバーシティとは、「私はこういう属性だから尊重されるべきだ」と権利を主張し合うことではありません。「私の中にも、そしてあなたの中にも、割り切れない複雑で多様な世界が広がっている」とお互いに敬意を払うことです。
相手を属性という記号で見るのをやめ、一人の人間として「感じる」こと。言葉足らずな主張の奥にある相手の痛みに思いを馳せ、論理で打ち負かす代わりに静かな間を置くこと。そうした一人ひとりの小さな感性のグラデーションが重なり合ったときに初めて、世界は本当の意味で平和で、柔らかな居場所へと変わっていくのだと信じています。
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