日本的ファミリーオフィスの考え方 番外編 第2回:財産を子どもに「分けない」 ――三井家の「家産」という思想

2026年09月29日

前回は、三井家の家憲「宗竺遺書」が精神論ではなく約50項目からなる総合的なガバナンス規程であったこと、そしてその根底に「身上一致」の思想があったことをお話ししました。

今回はその核心、「家産は分けない」という考え方に踏み込みます。

 

前回のブログはこちら↓

日本的ファミリーオフィスの考え方 番外編 第1回:約300年前に存在した「ファミリー憲章」 ――三井家・宗竺遺書を読み解く

 

「親は子どもに財産を残す」という考え方

「親は子どもに財産を残す」。

子どもがいる家庭では、ごく自然にそう考えるのではないでしょうか。親が築いた財産を子どもが相続し、兄弟がいればそれぞれに分ける。法律的にも一般的な感覚としても、広く受け入れられている考え方です。

しかし三井家の発想は少し違いました。

もちろん各家には財産に対する持分があり、そこから利益を受ける権利があります。しかし、三井家全体の財産・事業を簡単にばらばらにしてはいけないという思いがありました。

三井高利の死後、息子たちは共同で事業を続け、高平がまとめた宗竺遺書によって、この一体運営が制度化されました。

近世の三井は、一族で財産・事業を共有し、一体として継承することを基本としていたのです。

 

なぜ、分散を嫌ったのか

では、なぜ財産の分散を避けたのでしょうか。理由は単純です。「分け続ければ、いつか弱くなる」からです。

仮に創業者が100億円の資産を残したとします。子ども4人で25億円ずつ。さらにその子どもたちが相続すれば、資産はもっと細分化します。

それぞれが違う投資をし、違う事業を始め、ある者は成功し、ある者は失敗する。離婚、借金、相続争いによって外部へ流出することもあります。3代、4代と続くうちに、創業者が築いた「一族の資本」は消えていく可能性があります。

三井家は、この問題を300年も前に直視していたと言えるでしょう。

財産を「子孫へ分配するもの」と考えるのではなく、世代を超えて維持すべき「家産」と考える。そして家産そのものを取り崩して各人へ渡すのではなく、そこから生まれる収益を一定のルールで各家へ配分する。

現代のファミリーオフィスでいう「ファミリー・キャピタル(一族の資本)」の考え方に近いものです。

 

「私のお金」ではなく「私たちが預かっているお金」

ファミリーオフィスには、自分たちの持つお金の認識に重要な違いがあります。

「これは私のお金だ」ではなく、「これは私たちの世代が預かっているお金だ」という感覚です。

相続人はオーナーであると同時に、次の世代へ資産を渡す受託者でもある。シリーズ第1回で欧米の名家の受託者精神(スチュワードシップ)に触れましたが、同じ精神が三井家にも息づいていました。

この発想に立てば、資産運用の考え方も変わります。今の自分が最大限豊かな生活をするために運用するのではありません。子ども、孫、ひ孫、その先まで含めて資本を維持する。したがって、「いくら儲けるか」だけでなく、「どうすれば資本を失わないか」が重要になります。

 

先に残し、残ったものを使う

宗竺遺書には、毎年の収入の一定額を積み立て、残りを決められた割合で各家へ配るという考え方も示されています。

「使って余ったら貯める」のではなく、「先に未来のためのお金を残し、そこから残ったものを使う」のです。

現代のファミリーオフィスなら、資産から得られた収益について、税金と運営費を払い、インフレ分の補填や将来のための再投資など、必要な準備金を積み増した後に家族への分配を行います。

宗竺遺書は、現代のファミリーオフィスの仕組みに相当します。

 

「家族」と「事業」の間に、仕組みを置く

さらに三井家は、シリーズ第2回でもご紹介した「大元方(おおもとかた)」という組織を1710年(宝永7年)に設けています。

大元方は各店舗や事業を資金面から管理するとともに、三井一族の共有財産を維持・運営する上位機関でした。現代でいうホールディングカンパニーを想起させる仕組みです。

ここに、ファミリーオフィスの原型を見ることができます。

家族が直接すべての財産を持ち、直接すべての会社を経営するのではなく、「家族」と「事業」の間に、家族資産を統治する仕組みを置いています。現代なら、資産管理会社、信託、財団、家族会議、ファミリーオフィスなどを組み合わせて実現することになるでしょう。

もちろん、江戸時代の制度をそのまま現代へ持ってくることはできません。民法も税制も、家族のあり方も違います。

しかし、「資産を相続する」のではなく「資産を永続させる仕組みを相続する」という思想は、今でも十分に通用するのではないでしょうか。

資産承継を考えるとき最も大切なのは、「誰にいくら渡すか」より、「100年後、この資産をどのような状態で残したいのか」を最初に決めることなのかもしれません。

 

次回は、もう一歩踏み込みます。

三井家は資産を守るために、結婚、借金、保証、教育、働き方といった家族の行動にもかなり細かいルールを設けました。現代人から見ると窮屈にも見えるこの仕組みが、なぜ必要だったのでしょうか。

どうぞお楽しみに。

 

<参考資料>
三井広報委員会、三井家の家憲「宗竺遺書」、三井広報委員会ホームページ、2026年9月1日、https://www.mitsuipr.com/history/edo/05/
公益財団法人三井文庫、家訓「宗竺遺書」、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/story09/
三井広報委員会、同苗結束のシンボル、「宗竺遺書」の制定、三井広報委員会ホームページ、2026年9月1日、https://www.mitsuipr.com/history/columns/005/
武田晴人、2004年、日本経済思想史 第2回、東京大学オープンコースウェア 講義資料(近世商家・三井家の経営と家法)2026年9月1日、https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/eco_06/2/notes/ja/JET-02.pdf
公益財団法人三井文庫、危機と記録の時代 、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/story08/
公益財団法人三井文庫、「宗竺遺書」との関わり、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/recommend118/

 

 

 

渡邉格史
執筆者
渡邉格史
株式会社パリミキアセットマネジメント
取締役
国内銀行に16年間在籍し(その内半分は米国駐在)、その後、外資系のコンサルティングファームに16年間在籍。銀行員として養った金融知識とコンサルタントとして鍛えられた課題解決力で、少しでもパリミキアセットマネジメントのお客様のお役に立ちたいと考えております。

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