日本的ファミリーオフィスの考え方 番外編 第1回:約300年前に存在した「ファミリー憲章」 ――三井家・宗竺遺書を読み解く

2026年09月29日

先に3回にわたってお届けしたで「日本的ファミリーオフィスの考え方」は、欧米と日本それぞれのファミリーオフィスの源流を辿り、「三方よしの思想を、世界水準の仕組みで実現する」という新しい日本的ファミリーオフィスの形をご提案しました。

今回からはその派生編として、シリーズ第2回で「日本版ファミリー憲章」と紹介するにとどまった三井家の家憲「宗竺遺書(そうちくいしょ)」を、4回にわたってじっくり読み解いていきます。

家族・資産・事業を、世代を超えてどうつなぐか。約300年前の日本人が出した答えの中に、現代の私たちが学ぶべきものが数多く残されています。

 

宗竺遺書とは何か

皆さんは「宗竺遺書(そうちくいしょ)」とはどのようなものかご存じでしょうか。

これは今から約300年以上前の江戸時代、三井家が一族と事業を長く存続させるために定めた家憲です。

三井越後屋を創業した三井高利の遺志を受け継いだ長男・三井高平が、兄弟たちとの協議を経て1722年(享保7年)にまとめました。「宗竺」は高平の法名です。

 

ところが、その内容を知ると驚かされます。

「兄弟仲良くしなさい」「商売に励みなさい」といった精神論だけが書かれた家訓ではないのです。

誰までを三井一族とするのか。

財産をどう持つのか。

利益をどのように各家へ配るのか。

結婚や借金、債務保証をどう扱うのか。

子どもをどう教育するのか。

誰が一族を統率するのか。

奉公人から経営幹部をどう登用するのか。

さらには非常時にどう行動するのか。

 

こうした内容が約50項目にわたって定められていました。

ロックフェラー家やカーネギー家で、一族の結束と資産を守ってきた「ファミリー憲章」に相当するものが、300年前の日本にすでにあったのです。

しかも、その内容は家族憲章にとどまりません。

株主間契約、資産管理規程、投資方針、事業承継規程、次世代教育方針、危機管理計画までを一体化した、いわば「三井家の総合ガバナンス規程」と考えた方が実態に近いでしょう。

 

輸入するのではなく、掘り起こす

ファミリーオフィスという言葉を聞くと、多くの方はロックフェラー家やロスチャイルド家といった欧米の名家を思い浮かべるのではないでしょうか。

そのため日本でも、海外で発達した仕組みを輸入し、日本に当てはめようという議論になりがちです。

しかし日本には、家族・資産・事業を世代を超えて承継する知恵が、はるか昔から存在していました。三井家はその代表例です。

 

「身上一致」という考え方

特に重要なのが「身上一致(しんじょういっち)・身底一致(しんだいいっち)」という考え方です。

三井高利の死後、息子たちは高利の遺志を受け、財産や事業を各人にばらばらに分けるのではなく、三井一族として共同で維持する道を選びました。この考え方は宗竺遺書で「身上一致の家法」「兄弟一致の家法」として示されます。

普通に相続すれば、財産は世代が進むたびに細分化していきます。

仮に100億円の財産を4人の子どもに均等に分ければ、1人25億円。さらにそれぞれに子どもがいれば、次の世代ではもっと細かくなります。三井家は、この構造そのものを避けようとしました。資産そのものは一体として維持し、そこから生まれる利益を一定のルールに従って各家へ配分する。

つまり「資産を家族に配る」のではなく、「資産を守る仕組みをつくり、その仕組みから家族が恩恵を受ける」という発想です。

これは、現代のファミリーオフィスの考え方に驚くほど近いものでした。

 

守ろうとしたのは「家族」を超えた「家」の存在

そして、さらに興味深いことがあります。宗竺遺書が守ろうとしたものは、現在私たちが考える「家族」と微妙に違います。

守ろうとしたのは「家」でした。

父、母、子どもという一世代の家族ではありません。過去から現在、そして未来へ続いていく「三井家」という存在そのものです。

シリーズ第2回で、日本の「家」は血縁の共同体というより、家業とのれんを核とする経営体だったと述べました。宗竺遺書は、その「家」を永続させるための設計図だったと言えます。

欧米からファミリーオフィスを輸入するだけではなく、日本にかつて存在した「家を永続させる仕組み」をもう一度掘り起こしてみる。そこから、日本社会によりなじむファミリーオフィスの形が見えてくるかもしれません。

次回は、宗竺遺書の核心ともいえる「家産は分けない」という考え方を掘り下げます。

どうぞお楽しみに。

 

続きはこちら↓

日本的ファミリーオフィスの考え方 番外編 第2回:財産を子どもに「分けない」 ――三井家の「家産」という思想

 

<参考資料>
三井広報委員会、三井家の家憲「宗竺遺書」、三井広報委員会ホームページ、2026年9月1日、https://www.mitsuipr.com/history/edo/05/
公益財団法人三井文庫、家訓「宗竺遺書」、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/story09/
三井広報委員会、同苗結束のシンボル、「宗竺遺書」の制定、三井広報委員会ホームページ、2026年9月1日、https://www.mitsuipr.com/history/columns/005/
武田晴人、2004年、日本経済思想史 第2回、東京大学オープンコースウェア 講義資料(近世商家・三井家の経営と家法)2026年9月1日、https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/eco_06/2/notes/ja/JET-02.pdf
公益財団法人三井文庫、危機と記録の時代 、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/story08/
公益財団法人三井文庫、「宗竺遺書」との関わり、三井文庫(史料館)ホームページ、2026年9月1日、https://mitsui-bunko.or.jp/archives/recommend118/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡邉格史
執筆者
渡邉格史
株式会社パリミキアセットマネジメント
取締役
国内銀行に16年間在籍し(その内半分は米国駐在)、その後、外資系のコンサルティングファームに16年間在籍。銀行員として養った金融知識とコンサルタントとして鍛えられた課題解決力で、少しでもパリミキアセットマネジメントのお客様のお役に立ちたいと考えております。

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