デュアル・スタンダードの時代

2026年07月09日

世界は今、大きな曲がり角を迎えています。これまでの国際社会を動かしてきたのは、欧米発の「答えはひとつ」という考え方でした。科学技術の発展や、効率的なグローバル市場をつくる上で、この「シングル・スタンダード(あるいはグローバルスタンダード)」は確かに威力を発揮してきました。

しかし今、世界が複雑に絡み合い、多くの価値観がぶつかり合う時代になると、「正解はひとつ」という固定概念に縛られた思考はあちこちで亀裂を生み始めています。こんな時代だからこそ、思想家・松岡正剛氏が語った「デュアル・スタンダード(二重基準)」という考え方を、新しい時代の可能性を開く鍵として私は注目しています。

矛盾を受け入れ共存させる「二刀流」の思想

松岡氏の言うデュアル・スタンダードとは、ずるさや不誠実さを意味する「ダブル・スタンダード」とは本質的に異なります。それは、相反する二つの基準をどちらも排除せず、双方の間を自由に行き来しながら、しなやかに共存させる高度な「編集術」のことです。この知恵は、現代の優れたイノベーションにも明確に見て取ることができます。

例えば、自動車におけるハイブリッドシステムは、パワーのガソリンとクリーンな電気という二つの異なる動力源を一台の中に同居させ、状況に応じて主役を切り替えています。また、メジャーリーグで前人未到の活躍を続ける大谷翔平選手の「二刀流」も同様です。「投手か野手か」という従来の二者択一の常識を打ち破り、二つの異なる評価基準を自分という一つの存在の中で完璧に循環させ、互いを高め合っています。これらは「どちらか一方だけが正しい」とする一神教的思考からは生まれにくい、まさにデュアル・スタンダードの体現と言えるでしょう。

「そうですね」に宿る文脈の編集力

こうした異なる二つの価値観を衝突させずに共存させる知恵は、私たちの日常的なコミュニケーションの中にも深く息づいています。その象徴が、日本人が頻繁に使う「そうですね」という相槌です。

欧米的な「YES」は、提示された論理(ロジック)に対する直接的な同意を意味するため、少しでも意見が異なる場合には明確に「No」と拒絶せざるを得ません。しかし、日本人の「そうですね」は論理への同意ではなく、まずは相手の存在や感情、そしてその意見が生まれた「背景(文脈)」をそのまま受け止めるためのサインです。「あなたとは意見が違うかもしれないけれど、あなたがそう考える立場は理解できますよ」とまず相手に敬意を払い、その後に「ただ、私はこうも思うのです」と、自らの異なる基準を摩擦なく提示することができます。これは、白黒をはっきりつける二元論を避け、グラデーションの中で調和を図ろうとする、極めて高度なコミュニケーション力なのです。

混迷の時代に輝く日本人の可能性

欧米の絶対的な影響力が相対的に低下し、多様な価値観が乱立するこれからの時代において、この「デュアル・スタンダード」をネイティブに使いこなせる日本人が果たすべき役割と活躍の可能性は極めて大きいと言えます。

私たちは古来、土着の神道と外来の仏教を融合させた「神仏習合」や、西洋の技術を取り入れつつ日本の精神を失わない「和魂洋才」のように、異なるOSを同時に走らせることで独自の文化を編み込んできました。最初から絶対的な一つの正解を求めない多神教的なアプローチは、予測不可能でポキッと折れやすい現代社会において、最強のしなやかさをもたらします。一神教的な正義の衝突による分断に苦しむ世界に対して、私たちは「異なる基準を調和させ、新たな価値を生み出す方法論」を示すことができるはずです。自身の内にあるこの豊かな編集力に目覚めるとき、日本人はこれからの多極化する世界を優しく、かつ力強くリードしていく存在になれるのではないでしょうか。

多根幹雄
執筆者
多根幹雄
株式会社パリミキホールディングス
代表取締役会長
スイス、ジュネーブに1999年から9年間駐在し、グループ企業の資金運用を担当してきました。その間、多くのブライベートバンクやファミリーオフィスからの情報により、世界18カ国100を超えるファンドマネージャーを訪問。実際投資を行う中で、良いファンドを見極める選択眼を磨くことが出来ました。また当時築いたスイスでのネットワークが現在の運用に大いに役立っています。また、大手のメガネ専門店チェーンの役員として実際の企業の盛衰も経験し、どんな時に組織が良くなり、また悪くなるかを身をもって体験しました。そこから、どんな企業やファンドにも旬や寿命があるというのが持論です。その為、常に新しいファンドを発掘し、旬のファンドに入れ替えを行うことで、長期で高いパフォーマンスを目指しています。

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