最近、金融機関の破綻のニュースが世界を駆け巡っています。最初はシリコンバレー銀行、そしてクレディ・スイスと続きましたが、今回はアメリカ、スイスの各中央銀行も驚くほど機敏に対応しました。シリコンバレー銀行の場合は、本来約束されていたはずの金額の上限を大幅に撤廃し、なんと無制限に預金を保護することを決定。クレディ・スイスに至ってはUBSに買収されることになりました。スイス最大の銀行が第二位を飲み込んでしまうというウルトラCが、これほど短期で決定されたことには驚きです。しかも、株主の権利は一部守られる一方、本来株式よりも上位にあると思われていた AT1債という約2兆円相当もの特定社債が無価値なるという前代未聞の条件つきです。アメリカ、スイスとも禁じ手ともいえる手段を駆使して、しかもこれだけ短期に対応したことに、事態の深刻さが伝わってくるような事件でした。
ただ、AT1債は信用リスクのある銀行が、自己資本比率を上げるための打ち出の小槌のように全世界で広く利用されていた調達手段であっただけに、今後その影響の大きさが懸念されます。特に、今後資金調達を必要とする金融機関がこの手法を使いにくくなるといった問題や、AT1債に投資している世界中の金融機関や機関投資家への信用不安に波及するリスクもあり、予断を許さない状況と言えます。
もともと、スイスの銀行というと、かつての匿名口座と並んで、その手堅さによる安全性が、世界から膨大な資金を集める原動力になっており、元来、資産を増やすことよりも資産の保全を最優先にしていました。彼らが考えるリスクは4つあり「戦
争」、「インフレ」、「社会動乱」、そして最後がリーマンショックの様な「経済危機」です。特に最大のリスクである「戦争」は、二度のヨーロッパを起源とする世界大戦の間、中立を守り、顧客の資産を守りぬいた信頼がスイスの銀行の大きな価値となっていました。
また、銀行の収入源も、手数料ではなく顧客の預かり資産に対して一定比率をもらうことをベースにしていましたので、彼らが、自らの業績を上げようとすると、長期で顧客の資産をしっかり増やすことというように、顧客と長期のウィンウィンの関係を築いていました。お客様とのお付き合いも、祖父から、父親、そしてその子供といったように、何世代にもわたる長期のお付き合いが一般的だったようです。
厳密にいうと、今回破綻したクレディ・スイスは元々プライベートバンクからスタートしたものの、その後貸し出しや投資を行って広く業務を拡大していたという点で伝統的なスイスのプライベートバンクとは異なり、他国の商業銀行と同じカテゴリーになります。ただ、伝統的なプライベートバンクにおいても、私がスイスに赴任した20世紀末頃になると、米流の金融機関の影響を受け、手っ取り早く手数料を稼ぐスタイルが横行しはじめていました。例えば、利幅の大きい銀行独自の商品の販売を銀行員に強要し、販売成績の悪い人間はリストラの対象となるなど、長期のお客様や社員との信頼よりも、目先の利益を追求するなど、すっかり様変わりしていきます。実際、我々がお付き合いのある担当者も次々と変わったり、転職していくなど、かつての古き良きスイス銀行の面影は失われていったのです。さらに、集金力の最大の武器だった匿名口座がアメリカ等の圧力で無くなると、目先の利益を追っていた銀行や、お客様の資産を増やす運用力の無い銀行からは、顧客の資産や優秀な銀行員が離れていったようです。
投資の世界でも、ついつい目先の利益を追求しがちになりますし、投資先の企業に対しても、急激な業績や株価のアップを求めがちです。しかし、短期で大きな利益があったということは、その逆もしかりです。また、企業においても短期で数字を追求するなかで、必ず無理が生じ、やがて大きな歪となって破綻の元凶となることがあります。クレディ・スイスの不正問題や巨額の損失はまさにその顕著な例でしょう。今回のクレディ・スイスの破綻から、目先の利益の最大化を貪欲に追求したものの末路がいかなるものかをしっかり学び、長期投資に活かしたいものです。
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