「死」を忘れた日本人と本物の経営

2025年07月09日

1. 生きる意味を見出せない時代

「やりたいことが見つからない」。

現代の若者たちをはじめ、我々がしばしば口にするこの言葉には、単なる甘えや贅沢とは異なる、深い空虚さが感じられます。何をしても満たされず、何かをしたいはずなのに何も浮かばない。

背景には、豊かさと情報過多、そしてもう一つ、私たちが「死を忘れてしまった」ことがあるのではないでしょうか。

 

かつての日本人は、死を日常の中で感じながら生きていました。

家で看取り、仏壇に手を合わせ、お盆には先祖を迎える。死は人生の終わりであると同時に、生を見直すための静かな時間でもあったのです。

『葉隠』にある「武士道とは死ぬことと見つけたり」という一節は、死を覚悟することで迷いなく生きるという逆説的な知恵を示しています。

 

現代社会では、死は病院に隔離され、学校や職場では話題にすることすらはばかられます。その結果、「終わり」や「有限性」に対する感覚が希薄となり、「どう生きるか」を見つめる視点も失われているのではないでしょうか。

さらに、私たちの意識は「私」へと収束していきます。

私の成果、私の評価、私の幸せ──そうした「私心」が肥大化し、生きる意味の手がかりを見失っているのです。

 

2. スティーブ・ジョブズとイーロン・マスクに見る「死生観」

このような時代にあって、死を意識することで生の意味を選び直していた人物がスティーブ・ジョブズです。

彼は17歳の時、

「毎日を人生最後の日だと思って生きれば、いつか必ずその通りになる」

という言葉に出会い、毎朝「今日が最後の日でも、いまやろうとしていることを本当にやりたいか」と自問したといいます。

ジョブズは禅に深く傾倒し、Apple製品のデザインやプレゼンテーションには「余白」「簡素」「無心」といった日本の美学が色濃く反映されています。

精神的な支えとなっていたのが、日本の禅僧・乙川弘文氏や、愛読書『弓と禅』でした。その中には「的を狙ってはならない、狙いを手放せば当たる」という教えがあり、弓道の「正射必中」──無我の状態で射れば自然と当たる──という精神を示しています。

 

 

一方、イーロン・マスクにもまた、武士道的な死生観が見られます。

彼は自らロケットに搭乗しようとし、AIが人類を滅ぼす可能性を冷静に語るなど、死をタブー視せずに真正面から向き合っています。そしてその行動原理は、利益ではなく「どれだけ多くの人に恩恵を与えるか」といった大義に基づいています。またエゴを捨てる重要性も強調しています。

これはまさに、武士が「義のために命を賭ける」精神と重なります。

彼の行動は、私心を超えたところにある大きな目的のために、すべてを投じるという意味で、現代的な「無我の実践」と言えるのではないでしょうか。

 

3. 日本的生き方に目覚めるとき

藤井風さんの楽曲『満ちてくる』にも、「手を放す、軽くなる、満ちてくる」という歌詞があります。これは、「執着を手放すことによって、本当に大切なものが自然と満ちてくる」という、日本的な死生観のエッセンスを見事に表現しています。

死を遠ざけた社会は、生の輪郭を失います。

だからこそ私たちはもう一度、「どう死ぬか」を考え、「何を成し遂げたら死んでもよいと思えるか」を問い直す必要があるのではないでしょうか。

 

優秀な多くの若者が一攫千金を狙い、ユニコーン企業を目指すアメリカで、最も成功し、尊敬を集める二人が、このような日本の哲学に基づいた経営を行っていたということはとても興味深いことです。

企業の成長にはマネジメントにおける経営のノウハウも必要ですが、経営者の人間としての成長も不可欠だと思います。

かつては欧米の経営論を好んで輸入してきた日本企業ですが、今こそ日本のもつ本質的な価値観に目覚め、世界に発信する時かもしれません。

多根幹雄
執筆者
多根幹雄
株式会社パリミキホールディングス
代表取締役会長
スイス、ジュネーブに1999年から9年間駐在し、グループ企業の資金運用を担当してきました。その間、多くのブライベートバンクやファミリーオフィスからの情報により、世界18カ国100を超えるファンドマネージャーを訪問。実際投資を行う中で、良いファンドを見極める選択眼を磨くことが出来ました。また当時築いたスイスでのネットワークが現在の運用に大いに役立っています。また、大手のメガネ専門店チェーンの役員として実際の企業の盛衰も経験し、どんな時に組織が良くなり、また悪くなるかを身をもって体験しました。そこから、どんな企業やファンドにも旬や寿命があるというのが持論です。その為、常に新しいファンドを発掘し、旬のファンドに入れ替えを行うことで、長期で高いパフォーマンスを目指しています。

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