その国の人の為に

2020年08月12日

20200812.png李登輝さんが亡くなりました。台湾にとっては偉大な政治家でありましたし、われわれ日本人にとっては心強い理解者であったと思います。先の大戦での様々な日本人の行いが世界の批判にさらされ、「昔の日本人は悪いことをした。アジアを侵略した悪い国だった。」という教育を我々は受けて来ました。戦後日本は、一旦は大きく復興し、発展したものの、現在では経済的にも中国に遥かに後れを取り、すっかり自信を失っている我々日本人に対し「かつての日本人は素晴らしかった。もっと自信をもって、リーダーシップを発揮してほしい」と叱咤激励されてきたように思います。

日本による台湾統治は、日清戦争後の1895年から第二次世界大戦終了の1945年まで、50年もの長期にわたり行われました。当初こそアヘンの取り締まりにかかわる暴動もありましたが、その後は日本統治下で台湾は大きく経済発展し、かつての愚民政策で遅れていた教育も多くの台湾人に普及するようになります。特に第四代台湾総督である児玉源太郎時代の民生長官だった後藤新平は、1898年からのわずか8年7ヵ月で、台湾を一世紀は進化したといわれるほどの近代的な社会につくりあげ、今日の繁栄の基礎を築いたとされています。李登輝さんが「こんなことはよほどの覚悟が無いと出来ない」と驚いたのは、後藤が1,080名もの日本の役に立たない役人を解雇し、その代わりに、日本から本当に台湾に役立つ人材をスカウトしてくるといった離れ業をやり遂げたことです。その中には皆さんもご存じの新渡戸稲造や、台湾では教科書にも載り現在も神様のように扱われている八田與一もいました。

八田與一については、日本人には馴染みがないですし、私も名前くらいしか知りませんでした。彼は不毛の地だった台南を、当時東洋最大の烏山頭ダムを建築することで、台湾随一の穀倉地帯に変えた人物です。彼は、当時のお金で5400万円という巨額の総工費の半分を当時の民生長官下村宏に国費で出すことを認めさせました。八田與一もすごいですが、当時、日本本土にもないとてつもない規模の事業を承認した下村宏の肝っ玉もすごいですね。その費用の中から「良い仕事は安心して働ける環境から生まれる」という八田の信念で、台湾の従業員が家族で一緒に住めるようにということで、68棟もの宿舎を造って200余りの部屋を新設しました。その上、学校、病院、購買所、風呂、プール、テニスコートまで作ったそうです。

八田自らも、国家公務員の立場を捨て、第一線で自らも台湾人と共に汗を流しながら、技術者として工事を指揮しました。その後、着工から間もない1923年に関東大震災が起こります。帝都が灰になったわけですから、当然ダムの建築予算も削られることになりました。その時、八田はリストラの為に日本人や優秀な台湾人のみを解雇したそうです。理由は「日本人や優秀な人は他に仕事につけるが、優秀でない人は解雇されれば仕事を失う」ということだったようです。

また、台南の気候や地質を徹底的に調べ上げた挙句、コンクリートの使用を極力抑えた「セミハイドロリックフィル工法」というダム工法を考案したり、農業の生産性を上げるために、稲作、サトウキビ栽培、畑作を一年ごとに行う「三年輪作法」という農法も考案することで、米の生産を11倍、砂糖の生産を4倍と飛躍的に伸ばしたりと、既成概念にとらわれず、その地に一番合った方法を考案し実行していきました。

現在、彼の銅像がダムを見下ろすように置かれています。考え事をするときに右手に髪を巻き付ける癖がある彼独特のポーズです。台湾の人や住民のために何ができるか、常に思いをよせていた彼の往年の日々が偲ばれます。本人は銅像の制作を固辞したのですが、現地の住民がどうしてもということで、ダムが完成した翌年の1931年に作られました。その後、第二次世界大戦中には金属拠出が求められ、また中国国民党政府が台湾に入ってきた時は、日本人の銅像の撤去を命令されましたが、住民はいずれもそれを拒否し銅像は密かに隠され、保存され続けたということです。今年はダムの完成から90年にもなりますが、命日の5月8日には現在も多くの台湾人、日本人が参列するそうです。

米中の冷戦が激化し、覇権を争う両国が、それぞれのエゴを丸出しで自国の利益を追求している今日、日本人として、日本企業として、そして一人の人間として、もう一度素晴らしき先人達の偉業から学び、「その国の人の為に」、あるいは「その街の人の為に」何が出来るかを真剣に考え、そして実践すべき時に来ているように思えてなりません。長期投資も、そのような企業や人を選んで行いたいですね。

多根幹雄
執筆者
多根幹雄
株式会社パリミキホールディングス
代表取締役会長
スイス、ジュネーブに1999年から9年間駐在し、グループ企業の資金運用を担当してきました。その間、多くのブライベートバンクやファミリーオフィスからの情報により、世界18カ国100を超えるファンドマネージャーを訪問。実際投資を行う中で、良いファンドを見極める選択眼を磨くことが出来ました。また当時築いたスイスでのネットワークが現在の運用に大いに役立っています。また、大手のメガネ専門店チェーンの役員として実際の企業の盛衰も経験し、どんな時に組織が良くなり、また悪くなるかを身をもって体験しました。そこから、どんな企業やファンドにも旬や寿命があるというのが持論です。その為、常に新しいファンドを発掘し、旬のファンドに入れ替えを行うことで、長期で高いパフォーマンスを目指しています。

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